1207話(2019年5月18日 ON AIR)

「砂漠に咲く花に水を」

作・中條岳青(無名劇団)
出演・のたにかな子
藤井颯太郎
学校の校内放送や、生徒の笑い声などが微かに聞こえる。
ねえ、何で無視するの?君、美術部に入ってよ。
とても無視できそうにない大きな目をして、彼女は言った。
こないだの生物のスケッチ見たんだ、すごかった。
芸術と観察の記録は違うと言っても、彼女は折れようとしなかった。
あれは才能だと思うな。とりあえず、一回でいいから来てよ、部室。
腕を引いて、彼女は僕を美術室に誘った。
音楽。強く乾いた風が葉や枝を擦る音が微かに聞こえる。
私たちが高校に入学した年は、確か日本で初めて砂漠化が始まった年だった。
このままだと砂漠化はますます進んで、近いうちに地球は砂の惑星になるよ。
彼の言葉が現実になるなんて、あの頃の私は思いもしなかった。
いや、だからって、今君の食べているアイスをくれって意味じゃないから。
彼はいつも真面目だった。私はいつも彼のそばにいて、同じ風を感じていたかった。
僕の夢?…僕は、植物学者になって、砂に育つ植物を研究したい。
そして数年後、彼は本当に、人類を食料危機から救う研究を始めた。
音楽、止む。広い美術館に、反響する靴音が微かに聞こえる。
ね、この絵、知ってる?ゴッホの「花咲くアーモンドの木の枝」。
白く花をつけた枝が、青い空に手を伸ばすように描かれていた。
ゴッホは、弟のテオの結婚を祝うために贈ったんだって。私が、一番好きな絵。
彼女は振り向いて、決められた台詞を口にするみたいに言った。
私が結婚したら、君が描いてくれる?私のための「アーモンドの木の枝」。
顔をしかめたのは、話が唐突だったからで、
断らなかったのは、彼女の笑顔が見たかったからだ。
音楽。機械の作動音や器具同士が触れ合う金属音が微かに聞こえる。
彼女は僕の研究の、最初の被験者となった。
私、自分はすごくついてると思うの。君の研究の役に立てるんだから。
急速に進行する砂漠化を食い止めることはできず、
僕たちは人類を植物として生かす技術を開発した。
ヤナギなんか氷河期が来ても生き残るんだってね。って、釈迦に説法か。
彼女の遺伝子情報は植物に内蔵され、永遠に近い時を生きることができる。
でも、そのかわり。
もうすぐ、お別れだね。
笑うことも、怒ることもなくなって、ただ静かに根を張って、ただ生きていく。
あのね、内緒にしてたけど、実は入学したときから知ってたんだよ、君のこと。
僕も、彼女に言えなかったことがある。
「アーモンド」の絵は、僕も好きだったということ。そして、
水やりをお願いね。今まで、ありがとう。
僕は君にとってのゴッホじゃなくて、テオになりたかったということ。