1210話(2019年6月8日 ON AIR)

「こいのぼり」

作・杉本奈月(N₂)
出演・大熊隆太郎
のたにかな子
昼さがり、窓際のほうへむかう二人。
そういう口実なんですが――ながめがね、いいんですよ。ここ。
となり、座りますね。
席、空いていてよかった。
明日からなんですね。床びらき。
そう。だから、今は川が流れているだけやけど。
ひと月前は、花いかだを目にするくらいだったのに。
見ごろは通り過ぎてしまったね。
お花見はされたんですか?
しなかったね。忙しくて、それどころじゃ。
みじかいですからね。花のいのちは。
すぐに老いぼれてしまうからね。ぼくも――いつから、この世界に入ったの?
十代のときですね。
早いね。
遅いですよ。だって、まわりは、
そんなに、生き急がなくていいですよ。あなたは。
上の人たちが見ている場所を、わたしも見たいんですね。
ぼくも――死ぬまでに出世できるのか。
下の世代を、どう見てるんですか?
眼中に入ってるんかな。先行きは明るいですか?
見えなくて怖い――?
暗いから?
後ろ暗いから? 未だに目を光らせてる人たちもいますし。わたしたちに。
どうして?
目ぼしいオスをとられた彼女らの眼ざしは、いつだって群れをなすんです。
男、窓の外へ目をやると、
動物じゃあないんだから。
水入らずの夜が、
陸地の生き物が飛び込んだのか、
あったじゃないですか――
水しぶきがあがる。
生温い風が吹いていて、汗ばむんですね。春はおろか、
すでに夏が始まろうとしているから。
肌身はなさずにいた厚化粧もはがれて、
色うつりまでして。冷えるのに薄い布、つぎあわせた服を着ている。
ついた染みは鱗のようにはならなくて、
それとも、魚が跳んでいたのか。
――こいは、どこまでのぼっていくんでしょう。
ぼくらの話?
みじかいですからね。花のいのちは。
あれは、ほんとうに「こい」だったのか――?
梅雨に濡れたって、潤いはとりもどせないんです。
どこからか、雨のにおいがしてくる。しめきった窓。
――湿っぽくなってきたな。
いつまで、降られるんですかね?
どこかで、雨宿りをしませんか?
ながめ――がね、よかったのになって。行きたい場所があって、
ここからは遠いですか?
席、空いてていいのになって。
どこも埋まって――ないですよ。近場は。
来ませんか? うちに。
――その話、
立ち往生しているのは行き場を失った暗雲ではなく、いつしかの夜である。
寝ても醒めても、覚えているんです。わたしは。
ぼくだって、起きれば忘れないんですよ。
尾ひれはひれをつけるつもりはなくて。でも――
女、むこう岸を見つめ、
零れてしまうんですね。浅ましい言葉が。
どこへ行きたいの?
どこから来たかといえば、後ろからです。
前じゃなく?
あの日、目の前の人にふりむいてもらえなかった。
次がありますよ。あなたは、ぼくより若いんだから。ずっと。
さかのぼる――って、罪深いですか?
一杯、注文しますか?
お茶を濁さないでください。
飲まないの?
飲まれるんですか?
いつも、昼間から酔いにかかる体たらくなんでね。四十も半ばだというのに。
三軒目が、うちでしたもんね。
二人でね。
あの川をね。どこまで、あがっていけるのかなって。
来た道だけ、くだっていったね。
いってしまえば、おしまいだって。でも、込みあげてきてしまって。
ぼくは、途中で水がほしくなって。
だから、喉をつまらせるんですね。口があるのに、息もできなくなって。