1263話(2020年6月13日 ON AIR)

「かぜゆきくん」

作・たみお
出演・東千紗都
瀬戸沙門(劇団速度)
私の不思議な友人。かぜゆきくんが、久しぶりに地球に帰ってきました。
くらい夜空から、じんわりと姿を表して、星たちに横顔を照らされて。
小さな私のアパートの、小さな小さなベランダに、かぜゆきくんは降り立ちます。
かぜ
やあ。こんばんは。
こんばんは。まってました。かぜゆきくん。
かぜ
どうかな、今年の僕は、遅刻してないかな。
大丈夫です。時間ぴったり。少し早いくらいです。
かぜゆきくんにしちゃ、めずらしい。
かぜ
まったく不思議なことだけど、いつもなら、空にぶあついガスがかかって、
目印の灯がかすむのに、今夜は、ピィンと張り詰めた透明が、どこまでも続くんだ。
おかげで、迷うことなくまっすぐに、ここに帰って来ることができた。
なんでだろ。
かぜ
ぼくのいない一年の間に、何かあったね。
そんなの、やまほどありますよ。(笑う) おかえりなさい。かぜゆきくん。
かぜ
それ、改めて言われると、ちょっと照れくさいな。
そんなこといわれると、余計に照れくさいですよ。
かぜ
確かに。ただいま。僕のともだち。
わたしとかぜゆきくんは、大学生の頃に知り合いました。
短くて長い時間をともにして、4回生の春、かぜゆきくんは亡くなりました。
そのときから、当然な顔をして、一年に一度こうやって、
かぜゆきくんはベランダに来るようになりました。
かぜ
僕、ここに来るの、何回めになるかな。
10回目です。11年前に、ですから。
かぜ
ふうん、君、数えてるんだね。そんなに僕が恋しいの。
いちいち数えていませんよ。かぜゆきくんのお別れ会が、
何年にあったかを覚えてるだけです。これはね、計算です。
かぜ
計算ねえ。つまんないなぁ。
たとえば、今から僕が会いにいく人は、ぜんぶで76人だ。
24時間あるから、ひとり、18分だ。
短い。
かぜ
つまんない計算だろ。だから僕は素直にこういうの。君にキスをしたくて来たって。
キスは1分で済むから、のこりの17分を友達に使える。
計算してますね。
かぜ
ちがうよ。つまんない計算をつまんなくしないように、素直になってるんだよ僕は。
君も素直になったらいいんだ。
かぜゆきくんはそういって、私が用意したビールの缶をあけました。
ベランダに風がさーっと入ります。
たとえば、わたしが素直になれたなら、私は滅びてしまうんじゃないかな。
と、考えて、やっぱり素直になれません。
携帯からラインがくる。ピロン!
あ、メール。会社の。林くんだ。新人くんなんですけど、できるコなんです。
かぜ
へえ。「今夜の月、きれいですよ」たったこれだけ?
気軽に見ないでください。
かぜ
ふうん。
なんですか。
かぜ
いってみますか。月の上。
なにいってるんですか。かぜゆきくん。
かぜ
迷っている暇はないよ。僕に手段はあるけれど、僕らには時間がないからね。
・・・わかりました。
私たちは不思議です。手をつなぐことも、互いの体を抱くこともない。
まよいながら、とまどいながら、ただ 星の光に頬を切られながら。
まっすぐ月へと進みます。
かぜ
月って遠いんだよ。ぼくは今日、きっとずっと君に時間を使うんだ。
君はずっと僕に時間を使うんだ。
仕方ないですね、と私は答えます。
たとえこのまま、月についたとて、素直になることのない、私たちは不思議です。
終わり。