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190話(1999年11月19日 ON AIR)
「彗星」
- ひっきりなしに風が吹いている。
携帯電話からの電話。 呼び出し音が何度も何度も続いて、やっと相手が出る。 風の音と電波の具合で、会話は時々聞き取りにくくなる。
- 女
- …はい。
- 男
- あ。
- 女
- こんばんは。
- 男
- あれ……どうして?
- 女
- え?
- 男
- 家に居たの?
- 女
- 居なかったら出ないよ。
- 男
- 何で?
- 女
- え?
- 男
- だって、部屋から見えないって。
- 女
- うん。見えない。西側に窓ないから。
- 男
- じゃあ、どうして?
- 女
- 屋上にいると思った?
- 男
- …うん。
- 女
- ふふん。(笑っている)
- 男
- 何だよ。
- 女
- いいえ。
- 男
- だって、あんなに…
- 女
- 「楽しみにしてたのに。」?
- 男
- うん。
- 女
- 1999年、11月19日。11時に西の空。
- 男
- …。
- 女
- あの彗星、今度見られるのは千年後だって。
- 男
- 千年後に見るの?
- 女
- まさか。
- 男
- 何してんの?今…。
- 女
- 別に。
- 男
- そう…。
- 女
- 何してんの?
- 男
- いや………。
- 女
- 明日、だよね。
- 男
- …あ、うん。
- 女
- いよいよだね。
- 男
- …
- 女
- 元気でね。
- 男
- …。
- 女
- 晴れるよきっと。明日は。星出てるから。
- 男
- 見てない癖に。
- 女
- 見てなくてもわかるよ。今夜は。
- 男
- …今、何してるの?
- 女
- 明日。晴れるよ。きっと。晴れるといいね。
- 間
- 男
- …今から出てこない?
- 女
- え?
- 男
- …千年に1回…てことは、今日逃したら一生見れないんだよ。
後悔するよ。
- 女
- 後悔するかな?
- 男
- え?
- 女
- どっちにしろ今夜しか見れないのに。
今夜見なかったら後悔するかな。
- 男
- …。
- 女
- …と思って。
- 男
- …?
- 女
- 綺麗だね。きっと。黒い空に、長い長い光のしっぽ。
- 男
- …。
- 女
- 見に行って。記憶の中に大事に大事に焼き付けて。
- 男
- …
- 女
- 「思い出」に追加して。…それでおしまい。
- 男
- …。
- 女
- いろんなことが、そうだったみたいに。
- 男
- …。
- 女
- 特別な日。大事な日。最初で最後の機会。
たくさんあった。これまでもあったし。これからもきっとある。 特別なことはたくさんあって、新しく追加するたんびにみんなその中に埋もれて見えなくなった。
- 男
- …。
- 女
- いつも。
- 男
- …。
- 女
- もし、「見に行かなかったら」どうなるんだろうと思ってみた。
何も、大事に焼き付けておかなかったら…。
- 男
- え?
- 女
- 実験。
- 男
- 実験?
- 女
- 私は今夜ここにいて。彗星を見ないで。
「西の空はどんなだろ」って考える。 あんなに楽しみにしてたのに。もう絶対見られないのに。 見に行かなかったらきっと後悔するぞ、取り返しがつかないぞ、って思いながら。
- 男
- …
- 女
- そしたらずっと覚えてるかもしれない。
- 男
- …
- 女
- 「どんなだろ。」って思った今夜の空を、私はずっと覚えてるかもしれない。
- 男
- …
- 女
- そういう、実験。
- 風が吹いている。
- 男
- 結果はいつ出るの?…実験の…。
- 女
- いつだろ。ずうっと、先かな。
- 男
- ふうん。
- 女
- 何?
- 男
- 気の長い実験…。
- 女
- うん。
- 電波が大きく乱れる。聞き取れない。
- 男
- ******************
- 女
- え?何?
- 男
- *****************
- 女
- ***********
- 男
- ****************
- 女
- *****************
- 男
- ***********明日、晴れるのか。
- 女
- …ああ明日?…だって、星出てるでしょ。
- 男
- …。
- 女
- 何してるの?男いや…
- 女
- もうすぐ11時だよ。
- 男
- うん。
- 女
- 明日、早いの?
- 男
- いや…。
- 女
- ふうん。
- 男
- 何?
- 女
- 晴れるけど。寒いよ。きっと。
- 男
- なんで?
- 女
- 星が綺麗に見えてるから。
- 男
- 見てない癖に。
- 女
- 見てなくても分かるよ。今夜は。
- 風が吹いている。
- 女
- 電波の調子、悪いね。
- 男
- うん。
- 女
- 風のせいかな?
- 男
- 関係有るのかな?
- 女
- あるんじゃない?
- 風が吹いている。
- 男
- …じゃあ。
- 女
- うん。
- 男
- じゃあ。
- 女
- はい。
- プツッ。
携帯電話の切れる音。
吹きっさらしの屋上に、冷たい風がひっきりなしに吹いている。
下には人だかりができている。
夜更けが近づいている。彗星が、もうすぐここを通過する…。
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